多発性硬化症(MS)は神経系の慢性疾患であり、若年成人および中年成人に好発する。神経の一部に生じる反復性の損傷によって、進行性に衰弱し、機能障害をきたす。高圧酸素療法(HBOT)は、専用の治療室(海面浮上後に減圧症をきたした深海ダイバーに用いられるような部屋)で高純度の酸素を吸入する療法である。損傷をきたした神経における酸素欠乏がMSを増悪させている可能性がある場合に、MSに対してHBOTが用いられることがあるが、この理論は実証されていない。9試験を対象に実施したレビューでは、HOBTが機能障害を改善する、あるいはMSの進行を修正する可能性を示す一貫性のあるエビデンスは認められなかった。今後の研究調査の必要性は、ほとんど認められない。
多発性硬化症の治療として、高圧酸素療法の有用な効果を確認することができる一貫性のあるエビデンスは認められず、日常的な使用は妥当ではないと考える。効果を示唆した少数の解析は個別的な事例であり、生物学的に妥当とするのは困難である。このため、適切にデザインされた試験を今後実施し上記結果を確認することが必要である。我々の見解では、本レビューがこのような試験を妥当とみなすことはない。
多発性硬化症(MS)は、再発性かつ進行性の慢性疾患であり、治療法がない。病態生理学的観点からの推論に基づき、高圧酸素療法(HBOT)が本疾患の進行を遅延または回復させる可能性があると示唆されている。
本レビューの目的は、MSの治療におけるHBOTの有効性および安全性の評価であった。
Cochrane Multiple Sclerosis Groupの試験登録システムを検索した(2011年2月25日)。
MSに対するHBOTと偽治療を比較したランダム化比較試験すべてを評価した。
2名のレビューアがそれぞれ同定した比較試験すべてを評価し、データの抽出および方法論的な質の評価を行った。
選択基準を満たした9試験(参加者総数504例)に関する報告10報を同定した。2試験では概ね肯定的な結果が示されていたものの、残る7試験は治療効果のエビデンスが全般的に認められないと報告していた。3件の事前サブグループ解析はいずれも、上記2試験を同一群としなかったため、この差を説明することは不可能であった。21の解析のうち3件の解析では、若干の効果が示された。例えば、HBOT群では12カ月時の神経症状評価尺度(EDSS)の平均値に改善がみられた(偽治療群と比較した場合のHBOT群のEDSSスコア低下の平均値:-0.85ポイント、95% CI:-1.28~-0.42、P値= 0.0001)。現時点では、上記アウトカムを報告していた試験は、概ね肯定的な結果を示した2試験(本レビューの対象となった参加者の16%)のみであった。
《実施組織》厚生労働省「「統合医療」に係る情報発信等推進事業」(eJIM:http://www.ejim.ncgg.go.jp/)[2018.1.27]
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