過敏性腸症候群(IBS)は慢性の胃腸疾患で排便習慣の変化、腹痛や腹部の不快感を特徴とする。よくみられる疾患で、健康に関連する生活の質や仕事の生産性を損ない、治療が難しくコストがかかる。IBSの薬物療法には利益が軽微で副作用のリスクが認められるものもあるため、鍼などの非薬物療法の有効性と安全性を評価することが重要である。IBSの試験に伴う問題の1つは、IBSの治療ではプラセボ効果がしばしばみられることである。プラセボ効果とは、治療の生物学的効果ではなく、特別な治療という患者の思い込みによって、症状が改善することである。
本レビューでは、計1806例の参加者を対象とした17件のランダム化比較試験(RCT)を選択した。5件のRCT(411例)ではIBSの治療において鍼と偽鍼を比較した。偽鍼は、患者自身が本物の鍼を受けていると思うような手技である。しかし、偽鍼では皮膚に鍼を刺さない、または適切な部位ではない、もしくは両方を行う。偽鍼は本当の鍼に対するプラセボとすることを目的としている。シャム(偽)対照研究は適切にデザインされ、方法論的な質も高かった。これらの研究では、IBSの症状の重症度や健康に関連する生活の質について、鍼の効果を調べた。2つのアウトカムのいずれかについて、鍼が偽鍼よりも有効であることを示すRCTはなかった。また、これらのRCTの結果を統合しても、鍼が偽鍼より有効であることは示されなかった。中国語による4件の有効性比較試験のエビデンスでは、2種類の鎮痙薬(臭化ピナベリウム、マレイン酸トリメブチン)に対する鍼の優越性が示された。これらの鎮痙薬はIBSの治療で軽微な利益が認められているが、いずれも米国ではIBSの治療薬として承認されていない。これらの非盲検研究では、鍼の利益が薬物療法よりも大きいとする患者の報告が、薬物治療よりも鍼で改善への期待が大きいことに起因する可能性や、薬物療法よりも鍼が好まれることに起因する可能性については、明確になっていない。副作用を報告した9件の試験のうち鍼に関連する副作用は1件(失神1例)であったが、サンプル・サイズが比較的小さく、安全性データの有用性には限界がある。
シャム対照RCTでは、IBSの症状の重症度やIBSに関連する生活の質について、信頼性のある偽鍼と比較して鍼の利益はないことがわかった。中国の有効性比較試験での患者の報告では、IBSに対する軽微な利益が認められている2種類の鎮痙薬(臭化ピナベリウム、マレイン酸トリメブチン)よりも、鍼による利益が大きかった。鍼の利益は薬物療法よりも大きいとする報告が、鍼に対する患者の好みに起因する可能性や、改善への期待が薬物治療よりも鍼で大きいことに起因する可能性について、今後の試験で明らかになる可能性がある。
過敏性腸症候群(IBS)はよくみられる疾患で、健康に関連する生活の質や仕事の生産性を損ない、治療が難しくコストがかかる。これまで唯一のシステマティックレビューは、小規模で異質性のある方法論的に不健全な試験のみだったため、エビデンスベースの治療ガイドラインでは、IBSに対する鍼の効果についてガイダンスを提供できなかった。
主要目的は、IBSに対する鍼治療の有効性と安全性を評価することである。
MEDLINE、Cochrane Central Register of Controlled Trials、EMBASE、Cumulative Index to Nursing and Allied Health、および中国のデータベースのSino-Med、CNKI、VIPを2011年11月まで検索した。
成人を対象に鍼と偽鍼、他の実薬治療、または無治療を比較したランダム化比較試験(RCT)、および別の治療の補助として鍼を評価したRCTを選択した。
2名の著者がそれぞれバイアスのリスクを評価し、データを抽出した。全般的なIBSの症状の重症度と、健康に関連する生活の質のアウトカムについてデータを抽出した。二値データ(例:IBSの適切な緩和に関する質問)では、治療後の症状の重症度における大幅な改善について、プールした相対リスク(RR)と95% 信頼区間(CI)を算出した。連続データ(例:IBSの重症度スコアシステム)では、治療後のスコアについて群間の標準化平均差(SMD)と95% CIを算出した。
17件のRCT(1806例)を選択した。5件のRCTでは鍼と偽鍼を比較した。これらの研究のバイアスのリスクは低かった。以下について、偽鍼(プラセボ)と比較して、鍼による改善を示すエビデンスはなかった。症状の重症度:SMD -0.11、95% CI -0.35~0.13、4件のRCT、281例。生活の質:SMD = -0.03、95% CI -0.27~0.22、3件のRCT、253例。研究の質に基づく感度分析でも結果は変わらなかった。GRADE解析により、シャム(偽)対照試験における主要アウトカムのエビデンスの全般的な質は、疎データのため中等度であることが示された。鍼と薬物療法を比較した中国語による4件の有効性比較試験では、ブラインド化(盲検化)の欠如のためバイアスのリスクが高かった。対象となる偽鍼を使用しない他の研究では、ブラインド化(盲検化)の欠如、ランダム化や割りつけの隠蔽化(コンシールメント)、もしくはその両方で不適切な方法が用いられたため、バイアスのリスクが高かった。鍼は薬物療法や無治療よりも著しく有効であった。症状の重症度について、鍼群では84%の患者が改善したのに対し、薬物療法群では63%であった(RR 1.28、95% CI 1.12~1.45、5件の研究、449例)。GRADE解析により、本アウトカムのエビデンスの全般的な質は、バイアスのリスクが高く(ブラインド化(盲検化)の欠如)、疎データのため、低いことが示された。症状の重症度について、鍼群では63%の患者が改善したのに対し、無治療群では34%であった(RR 2.11、95% CI 1.18~3.79、2件の研究、181例)。以下の群間に統計学的な有意差はなかった。鍼群とビフィズス菌群:RR 1.07、95% CI 0.90~1.27、2件の研究、181例。鍼群と心理療法群:RR 1.05、95% CI 0.87~1.26、1件の研究、100例。中薬の補助として鍼を併用すると、他の中薬療法と比較して著しく有効であった。鍼併用群では93%の患者が改善したのに対し、中薬単独群では79%であった(RR 1.17、95% CI 1.02~1.33、4件の研究、466例)。本アウトカムを報告した9件の試験のうち鍼に関連する有害事象は1件(鍼による失神)であったが、サンプル・サイズが比較的小さく、安全性データの有用性には限界がある。
《実施組織》厚生労働省「「統合医療」に係る情報発信等推進事業」(eJIM:http://www.ejim.ncgg.go.jp/)[2018.2.26]
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