脊髄上部の損傷(頸部損傷)後は、呼吸をつかさどる筋肉は麻痺するかまたは筋力が低下する。筋力が低下すると肺活量(肺の容量)および深呼吸や咳をする能力が低下し、肺感染症のリスクが増大する。身体の他の筋肉と同様に、トレーニングによって呼吸筋力の強化は可能であるが、このようなトレーニングが頚髄損傷患者に有効であるかは不明である。このレビューでは、あらゆる種類の呼吸筋トレーニングを標準治療または偽治療と比較した。レビューの対象とした11件の研究(頚髄損傷患者212例が対象)から、頚髄損傷患者では肺活量および息を吸う時・吐く時・咳をする時に用いる筋力に対する呼吸筋トレーニングの有益性はわずかであることが示唆された。1回の呼気で排出可能な空気の最大量または息切れに対する効果は認められなかった。肺感染症の発現頻度またはQOLに対する呼吸筋トレーニングの効果を検証した研究の数が十分ではないため、これらのアウトカムについては今回のレビューで評価することができなかった。頚髄損傷患者では、呼吸筋トレーニングによる有害作用は認められなかった。
本レビューの対象とした研究数が比較的少数であったにもかかわらず、統合データのメタアナリシスは、RMTが頚髄損傷患者の呼吸筋力増強に対して有効であること、および肺活量に対しても有効である可能性を示している。RMT施行後の機能アウトカム(呼吸困難、発咳に対する有効性、呼吸器合併症、入院、QOLなど)に関する研究がさらに必要である。また、RMTの至適用量を決定し、呼吸機能、QOL、呼吸器疾患の有病率および死亡率に対する持ち越し効果を特定するためにはさらに長期研究が必要である。
頚髄損傷(SCI)では、麻痺や呼吸筋障害により呼吸機能が著しく損なわれる。頚髄損傷患者の呼吸機能を改善するため、様々な種類の呼吸筋トレーニング(RMT)が文献に解説されている。頚髄損傷患者の肺機能、呼吸困難、呼吸器合併症、呼吸筋の筋力およびQOLに対するRMT(吸気筋または呼気筋のトレーニング)の有効性を決定するためには、これらの文献のシステマティックレビューが必要である。
頚髄損傷患者を対象に、RMTの有効性を標準治療または偽治療と比較評価すること。
Cochrane Injuries and Cochrane Neuromuscular Disease Groups’ Specialised Register、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL)(2012年第1版)、MEDLINE、EMBASE、CINAHL、ISI Web of Science、PubMedおよび臨床試験登録データベース(Australian New Zealand Clinical Trials Registry、ClinicalTrials、Controlled Trials metaRegister)を2013年3月5日から8日に検索した。関連論文の参考文献リストおよび文献レビューのハンドサーチを行った。発行年代、言語および出版による制限は設けなかった。
頚髄損傷患者を対象に、RMTとして記載された介入と、代替介入、プラセボ、通常のケアまたは無介入を対照群として比較したすべてのランダム化比較試験を選択し対象とした。
2名のレビュー著者が独立して対象文献を選出し、研究の方法論の質を評価し、データを抽出した。必要に応じて試験を行った著者らに追加情報を問い合わせた。同一尺度を用いたアウトカム指標については平均差(MD)(検定後スコアを使用)および95%信頼区間(CI)を、異なる尺度を用いたアウトカム指標については標準化平均差(SMD)および95%CIを用いて結果を示した。
頚髄損傷患者212例を対象とした11件の研究を選択した。メタアナリシスの結果、肺活量(MD平均エンドポイント0.4 L、95%CI 0.12〜0.69)、最大吸気圧(MD平均エンドポイント10.50 cm/H2O、95%CI 3.42〜17.57)および最大呼気圧(MD平均エンドポイント10.31 cm/H2O、95%CI 2.80〜17.82)の3項目のアウトカムでRMTの統計学的に有意な効果が認められた。1秒間の努力呼気量および呼吸困難に対する効果は認められなかった。3件の研究におけるQOL評価ツールの結果をメタアナリシス用に統合することができなかった。呼吸器合併症アウトカムは報告頻度が低かったため、メタアナリシスに組み入れることができなかった。代わりに、結果を記述的に記載した。頚髄損傷患者では、RMTに起因する有害作用は認められなかった。
《実施組織》厚生労働省「「統合医療」に係る情報発信等推進事業」(eJIM:http://www.ejim.ncgg.go.jp/)[2016.1.6]
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