論点
子宮の内膜から発生する子宮内膜癌は、女性において世界で6番目に多く認められるがんで、主に閉経(最終月経)前後の女性に発生する。子宮外に癌が広がっていない早期患者の生存率はきわめて良好であり、5年生存率は最高で97%に達する。子宮内膜癌の治療では通常、手術により子宮、卵管(子宮と卵巣をつなぐ管)および卵巣(卵子を作りだす器官)を切除する(子宮摘出術+両側卵管卵巣摘出術)。この手術は、子宮内膜癌の診断時に閉経前であった、または既に更年期症状を呈していたような女性に、更年期症状を引き起こす可能性がある。
ホルモン補充療法(HRT)は、ほてり(ホットフラッシュ)、寝汗、膣乾燥などの更年期症状の治療に使用される。比較的若い閉経後女性では、HRTは骨強度の維持と骨粗鬆症(骨が脆く弱くなる病気)の予防にも有用と考えられている。しかし、子宮内膜癌の既治療患者に対するHRTの安全性は明らかにされていない。ある種の子宮内膜癌細胞の増殖はエストロゲンにより刺激され、エストロゲンはいくつかのタイプのHRTの主要ホルモンである。そのため、HRTは、子宮内膜癌の治療後に残存した(顕微鏡下で検出できないレベルで子宮、卵管および卵巣の外に広がっていた切除しきれなかった)子宮内膜癌細胞の増殖を亢進させ、癌の再発(再増殖)を促進する可能性がある。この理論上のリスクのために、子宮内膜癌と診断されたことのある患者にはHRTを処方しない医師もいる。一方、大半の早期子宮内膜癌患者では、手術後に癌細胞の残存を認めない。更年期症状は、生活の質(QOL)を大きく損なう可能性があり、早発閉経は長期的な健康状態に影響を及ぼしうる。HRTは、QOLおよび長期的な健康状態を改善し得ると考えられており、子宮内膜癌の既治療患者にみられる更年期症状に対する治療法は、HRTのリスクと治療効果とのバランスを考慮して決定する必要がある。
本レビューの目的
本系統的レビューの目的は、子宮内膜癌の既治療患者を対象としてHRTの有効性(すなわち、更年期症状を改善するか否か)および安全性を評価することであった。この状況下でのHRTの安全性には、生存への影響、ならびに子宮内膜癌の再増殖という特異的なリスクも含まれる。
主な結果
2017年5月までの臨床試験データベースを検索し、子宮内膜癌の既治療患者に対するHRT使用の有効性および安全性のエビデンスを収集した。その結果、患者をHRTまたはプラセボ(偽薬)に無作為に割り付けた試験1件しか特定できなかった。この試験では、子宮内膜癌が再増殖する可能性について両群間に差は認められなかった。同試験から、子宮内膜癌の再発または新たながんの発生リスク上昇に対するHRTの影響は明らかにされなかった。また、生存率または更年期症状の改善に関する情報は得られなかった。いずれにしろ、この試験は患者の組入れ不良のため完了しておらず、子宮内膜癌の既治療患者に対するHRT使用の推奨の可否について明確な結論を出すには、試験の規模が十分ではなかった。
エビデンスの質
現時点のエビデンスの確実性がきわめて低いため、HRTが子宮内膜癌の再発リスクを上昇させるか否かは不明である。ランダム化試験は1件しか特定できず、しかもその試験には今回の目的に明確に回答するに足る十分な数の女性患者が組み入れられていなかった。さらに、同試験には結果の確実性を低下させるバイアスを生じていた可能性のある領域もあった。
結論
確実性がきわめて低い限られたエビデンスから、早期子宮内膜癌の術後患者に対して、HRTは子宮内膜癌の再発リスクにほとんどまたは全く影響を及ぼさないことが示唆される。子宮内膜癌の子宮摘出術後患者に対して、HRTが全生存率に影響を及ぼすか否かに関して言及するためのデータは得られなかった。
《実施組織》一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ(JAMT:ジャムティ)『海外癌医療情報リファレンス』(https://www.cancerit.jp/)永瀬祐子 翻訳、勝俣範之(日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科)監訳 [2018.7.15] 《注意》この日本語訳は、臨床医、疫学研究者などによる翻訳のチェックを受けて公開していますが、訳語の間違いなどお気づきの点がございましたら、コクラン・ジャパンまでご連絡ください。 なお、2013年6月からコクラン・ライブラリーのNew review、Updated reviewとも日単位で更新されています。最新版の日本語訳を掲載するよう努めておりますが、タイム・ラグが生じている場合もあります。ご利用に際しては、最新版(英語版)の内容をご確認ください。《CD008830》