要点
本レビューでは、待機的で緊急性のない(外傷以外の)手術について、自己血回収術を用いる場合と用いない場合を比較した研究を評価した。手術にはさまざまなタイプがあるため、本レビューの対象は非常に広範である。エビデンスは手術のタイプによって分け、医師や患者が自身に関係するものを見つけやすいようにした。
がんの手術、人工心肺装置を使わない心臓手術、血管手術(大血管の手術)については、あまりエビデンスがない。
大半のエビデンスは、自己血回収術を用いると、献血された血液の必要性が少なくなる可能性を示唆している。自己血回収術を用いても通常の処置と比べて合併症は増えない(自己血回収術を用いた群と用いなかった群の間では差がなかった)というエビデンスは不確かだが、全体としては便益がある可能性を示している。しかし、強い結論を下す前に、エビデンスに影響している他の要素に注目した研究をさらに行う必要がある。
自己血回収術とは何か?また、なぜ用いられるのか?
手術を受ける人は、手術中に失われる血液を補うために輸血が必要になる場合がある。「輸血」は、患者の腕の静脈に挿入した細い管を通じて血液を投与するルーチンの医療行為である。輸血に使われるのは、多くは献血者から提供された血液である。輸血によって命を救えるが、手術に伴う合併症のリスクが高まる可能性もあり、できる限り避けるべきである。病院では、献血された血液の必要量を減らす方策として、まず第一に(1)失血量を抑えることを模索してきた。ついで、(2)自己血回収術を用いて、手術中に失われた血液を患者に戻すことを試みてきた。
「自己血回収術」または「回収式自己血輸血」は、患者自身の血液を術野(手術を行っている部分)から回収し、これを必要に応じて手術中または手術後に本人に輸血する方法である。この血液は、回収しなければ廃棄されるものである。
調べたかったこと
ここで調べたかったのは、(1)自己血回収術を用いると、献血された血液を輸血する必要が少なくなるか、(2)それでもなお輸血が必要な場合、献血された血液の必要量が減るかどうかである。また、自己血回収術を受けた人はそうでない人に比べて合併症が多いかどうかも確認したかった。
本レビューで行ったこと
待機的手術(すなわち、事前に計画された手術で、外傷のために緊急に行う必要がないもの)を受けた成人で、自己血回収術を用いた場合と用いない場合(通常の処置)を比較した研究を探した。研究結果を比較してまとめ、研究の方法や規模などの要素に基づいて、エビデンスの信頼度を格付けした。
わかったこと
1978年から2021年の間に発表された、24カ国の14,528人が参加した106件の研究が見つかった。研究によって異なるタイプの手術に焦点を当てている。
主な結果
がんの手術: 2件の研究(参加者79人)
エビデンスは決定的ではない。つまり、自己血回収術の影響については確信が持てない。
血管(大血管)の手術 : 6件の研究(参加者384人)
エビデンスは決定的ではない。つまり、自己血回収術の影響については確信が持てない。
心臓血管の手術(人工心肺装置を使わないもの): 6件の研究(参加者372人)
自己血回収術のおかげで、献血された血液の輸血が必要になるリスクは恐らく低下したと思われる。他の評価項目に関しては、自己血回収術の影響について確信が持てない。
心臓血管の手術(人工心肺装置を使うもの): 29件の研究(参加者2,936人)
自己血回収術のおかげで、献血された血液の輸血が必要になるリスクは低下した可能性がある。他の評価項目に関しては、自己血回収術の影響について確信が持てない。
産科(帝王切開術): 1件の研究(参加者1,356人)
不確かとはいえ、自己血回収術を用いても、献血された血液の輸血が必要になるリスクに差はない可能性を示すエビデンスがあるほか、患者が必要とした献血された血液の輸血量の平均値には差がないことを示唆する強固なエビデンスがある。
人工股関節置換術のみ: 17件の研究(参加者2,055人)
エビデンスは決定的ではない。つまり、自己血回収術の影響については確信が持てない。
膝関節置換術のみ: 26件の研究(参加者2,568人)
エビデンスは決定的ではない。つまり、自己血回収術の影響については確信が持てない。
脊椎・脊髄の手術のみ: 6件の研究(参加者404人)
自己血回収術のおかげで、献血された血液の輸血が必要になるリスクは恐らく低下したと思われる。他の評価項目に関しては、自己血回収術の影響について確信が持てない。
股関節、膝関節、脊椎・脊髄の手術が混在: 14件のランダム化比較試験(RCT) (参加者4,374人)
エビデンスは決定的ではない。つまり、自己血回収術の影響については確信が持てない。
エビデンスの限界
評価項目の中には、エビデンスの信頼度が非常に低いものがあり、それ以外のものについても確信は持てない。これは研究に参加した人がどの治療を受けるか知っていた可能性があるため、また一部の研究は規模が小さいためである。
このレビューの更新状況
このエビデンスは2023年1月までの最新版であり、前回のレビュー(2010年)で報告されたエビデンスを拡大・更新したものである。
《実施組織》橋本早苗 翻訳、杉山伸子 監訳[2023.10.12]《注意》この日本語訳は、臨床医、疫学研究者などによる翻訳のチェックを受けて公開していますが、訳語の間違いなどお気づきの点がございましたら、コクランジャパンまでご連絡ください。なお、2013年6月からコクラン・ライブラリーのNew review, Updated reviewとも日単位で更新されています。最新版の日本語訳を掲載するよう努めておりますが、タイム・ラグが生じている場合もあります。ご利用に際しては、最新版(英語版)の内容をご確認ください。 《CD001888 pub5》