背景
大動脈は人体にある主要な動脈で、心臓から出て、全身に血液を供給している。大動脈解離とは、この大動脈の壁に亀裂が入り裂けてしまう疾患のことである。大動脈解離には2つのタイプがある。大動脈の心臓に近いところ(上行大動脈と大動脈弓)で起きるA型と、心臓から遠いところ(左鎖骨下動脈より遠位)で起きるB型である。B型の大動脈解離が起きた後、すぐに手術が必要でない場合には、解離は経時変化し、(6週間以上経過したものは)慢性解離と呼ばれるようになる。その後6週間以上経ってから合併症が起きることがあり、その合併症の重症度と外科的な手術によるリスクとを比較して、必要に応じて外科的手術がとられることがある。解離した血管壁の経時的変化とともに、治療の必要な複数の合併症が組み合わさって併発してくることから、この状態を「複雑な(重篤な合併症を併発した)」B型慢性大動脈解離と呼ぶ。
長年にわたって、その治療の選択肢は開胸手術による血管修復しかなかった。この方法は広く用いられてきたが、それにともなって起きる腎不全、運動麻痺(対麻痺=下肢の麻痺)、再手術、死亡などの大きな問題が残されたままである。
最近になって、医用生体工学の進歩により、ステントグラフト(人工血管(グラフト)に針金状の金属を編んだ金網(ステント)を縫い合わせたもの)が開発され、カテーテルに取り付けて血管内に挿入することで、手術による身体への負担を最小限に抑えることができるようになってきている。これは胸部大動脈血管内修復術(TEVAR)と呼ばれ、身体への負担を最小限に抑えられることから、より好ましい治療法とみなす向きもある。ステントグラフトは開胸手術で用いられるグラフトとは異なるため、この方法が開胸手術と比べて優れているか評価するには詳しい情報が必要である。
研究の特性と主な結果
このレビューで取り上げた問題について調査したすべてのランダム化および比ランダム化比較試験を特定するために、徹底した文献検索を行った(2021年8月2日現在の結果)。しかし、本レビューで定めた組入れ基準を満たすランダム化および比ランダム化比較試験は1件も見つからなかった。
エビデンスの確実性
このレビューの採用基準を満たす臨床研究がなかったため、エビデンスの確実性を評価することはできなかった。
結論
重篤な合併症を併発したB型慢性大動脈解離に対処する最善の方法に関して、医療従事者や患者の意思決定に役立つエビデンスは何も報告できない。この問題に関する質の高いランダム化比較試験または、比較試験が求められる。生命を脅かすこの疾患の特性上、おそらく、このような研究を実施するのは容易ではない。
《実施組織》橋本早苗 翻訳、中野雅資 監訳 [2022.2.5] 《注意》この日本語訳は、臨床医、疫学研究者などによる翻訳のチェックを受けて公開していますが、訳語の間違いなどお気づきの点がございましたら、コクランジャパンまでご連絡ください。なお、2013年6月からコクラン・ライブラリーのNew review, Updated reviewとも日単位で更新されています。最新版の日本語訳を掲載するよう努めておりますが、タイム・ラグが生じている場合もあります。ご利用に際しては、最新版(英語版)の内容をご確認ください。 《CD012992.pub2》